レジアイス邂逅



この場合の「ヒカリ」とは、「ゲームの主人公を基にしたオリトレ」です。
便宜上エディットネームを使用しているだけなのであしからず。



 眠りが浅くなったと彼が感じたのはいつ頃だったろうか。他の場所で眠った同胞と同じように、意識を闇へと沈めてから、
久しい時が経過したのは感覚として分かった。けれどどれだけの時間が経ったのかはわからない。
 こうして考えることができるのだから、『かつて』のように意識がないわけじゃないのだろう、と彼は思う。けれど自分は目覚めていない。
さしずめ、『まどろんでいる』と言ったところか。
 他の同胞達はどうしたのか。……この異変に、気づいているのか、はたまたこれは自分の身だけに起こった異変なのか。
 不意に、ぴくり、と彼の指先が動いた。まぶたが震え、ゆっくりと持ち上がる。金色の瞳が姿を現し、右半分のない視界には、
当時の岩天井がそのままの姿で映った。
 自分の居場所が『かつて』から変わっていないことを認識し、だるい身体をどうにか起こす。
さらりと流れてきた氷色の髪を鬱陶しく後ろへ払い、上半身を起こし、彼は溜め息をついた。
 両腕、両足、さらには首にはめられた枷と、周囲を囲む岩との間に張られた鎖が、無機質に音を立てる。
 自分達は、無念のうちに終焉を迎えたものたちを、その眠りでもって守り、そして封じるモノ。最も近しかったが故に、共に封じられたモノ。
 かつては嫌と言うほど聞こえた怨嗟の声も、今は全く聞こえない。不条理に奪われたことに対する恨みが浄化されたか、それとも……。
 彼はそこで自身の思考を止めた。
 例え声が聞こえなくなろうとも、自分に課せられた任は終わっていない。
彼は金色の目をまぶたの裏へと隠し、再び封じのための眠りにつこうとした。が。

(――ならぬ)

 どくん、と心臓がはねた。
 愕然と目を見開き、彼は辺りを見回す。氷色の長髪は揺れ、鎖は音を立てた。

「な、ぜ……」

 震える声はほとんど無意識のうちに出たものだった。意識に直接入ってくるこの声は――。

(眠りにつくことは、ならぬ。再びの眠りは、そなたに与えられぬ)

「なぜ、ですか、ギガス様!」

 彼は声を張り上げ、そして咳き込んだ。久しく使っていなかった身体機能に負担がかかった証拠だ。
 その咳を皮切りにして、視覚が、聴覚が、触覚が、本来の働きを始める。急速にもたらされるかつての感覚に、脳が一瞬悲鳴を上げた。
しかしそれも、すぐに思考が回復したことで消える。
 声はもう、答えなかった。
 回復した感覚と思考は、すぐにこちらへ近づく同胞の気配を察知した。そして、ニンゲンの気配も。
 多少のよろめきと共に立ち上がれば、直後に鎖は外れた。いや、どちらかと言えば切れた、というのが正しい。
 そのまま彼は目の前の岩戸を睨みつけた。
 なぜ、同胞達が自分達を閉じ込める原因となったニンゲンと共にいるのか。
 ――捕らえられた?
 ならば、合点がいく。彼らを封印したのがニンゲンなら、解けるのもまたニンゲン。そして彼はそんなニンゲンたちに手加減する理由など、
一切持ち合わせていない。
 彼の視線の先で、岩戸がゆっくりと音を立てて開いた。
 立っていたのは、ニンゲンの子供と――同胞二人。
 彼が驚きに金色の目をみはれば、明るい茶色の髪を持つ同胞が、にやりと笑みを浮かべた。

「よお、同胞。久しいな」

「…………!!」

 悠久にも久しい過去の時と全く同じ挨拶をされ、彼は驚きから立ち直った。代わりに湧いてくる感情は――怒り。

「……なぜ! お前がニンゲンと共にいる!」

 怒りから来る衝動のまま怒鳴れば、茶髪の同胞は困ったように頭を掻いた。

「あー……言っていいもんかなぁ? 俺たちさ、こいつに捕まったんだよ」

 そう言って、茶髪の同胞は親指でニンゲンの子供を示した。

「なん……だと?」

「まあ、言っちまえば、俺たちは『捕獲』されちまった、ってことだ。……なあ」

 そう言って茶髪の同胞が、黒髪の同胞に同意を求める。少しの間を置いて、黒髪の同胞は黙って頷いた。
 彼の顔から表情が消える。視線はただ、ニンゲンの子供を向いた。

「……お前か」

 冷風が起こり、彼の長髪が風に揺れる。

「やっぱ無理だぜハルカー。こいつ一番ニンゲン嫌いだからよ、俺たちじゃ説得なんてできないって」

 ハルカ、と呼ばれたニンゲンの子供は、そうだね、と頷いた。

「見ててよく分かった。結局のところはそうなるんだろうけど……」

 言って、す、と人差し指を彼に突きつける。

「私は、あんたを捕まえにきた。覚悟を決めな――レジアイス」

 聞いた彼の眉が、緩やかにつり上がる。

「――ほざけ、ニンゲン。貴様などに捕まるものか」

 洞窟内の気温が急激に低下する。

「うわ!? ちょ、ハルカもアイスも、少しは話し合うとか……」

「無理だろう」

 茶髪の青年の忠告は、黒髪の青年によってあっさりと遮られる。

「けど、せめて、もうちょっと、分かり合おうとする努力を……」

「お前ですらできなかったのに、か?」

 黒髪の青年の容赦ない言葉に、茶髪の青年は押し黙った。

「賢明な判断だ。自分にできないことを他人に求めるものじゃない」

 とどめの一言を言い放ち、黒髪の青年は同胞と、対峙する主人へと視線を向けた。
 ――彼女ならきっと。

「後で泣きを見ても知らないわよ?」


 静かに、ポケモンバトルが始まった。