忠誠を、あなたに。



 目を覚ますと、そこは見知らぬ景色が広がっていた。

 辺りを落ちつかなげに見回し、ツナは困ったように頭をかいた。

「ここ、どこだろ……」

 当然答えてくれるものなどいないので、ツナはとりあえず自分の記憶をたどってみることにする。

「確か、今日は霧の守護者戦があって……」

 クローム髑髏と名乗る少女が、犬、千種と共に現れたのだ。ヴァリアー側の守護者、
マーモンと激闘を繰り広げて、けれど結局力が及ばず倒れて……。

「そうだ、骸が出てきたんだ」

 髑髏と入れ替わって出てきた骸はマーモンをまさに圧倒し、やすやすとボンゴレリングを手に入れた。
獄寺は現れた骸をひどく敵視していたが、ツナは骸の姿を見た瞬間、心がはやったことを自覚していた。
復讐者(ヴィンディチェ)に捕まり、脱獄しても犬、千種の二人を逃がすために囮になって再び捕まり、
音も光も届かない世界に繋がれたと聞いて、ひどく怖かったのだ。
 ――もう二度と、六道骸という人間に会えない気がして。
 だから、たとえ一時的にとはいえ、骸の姿を見れたことで安堵した。
少なくとも、(無事かどうかはともかく)生きていることがわかったのだから。

「それで霧戦が終わって、帰って……」

 寝たのだ。そこまで記憶をたどり、ツナはようやくその一つの仮定に行き当たった。

「……もしかしてここ、夢の中……?」

 ツナはあらためて辺りを見渡した。
 地平線が見える大地には芝が青々と生い茂っている。その芝の間からぽつぽつと白やクリーム色、
淡いピンクといった派手ではない小さな花が咲き、彩りを添えつつも芝生の青を強調している。
視界を遮るものと言えば、せいぜい、まばらに立った葉を茂らせた木のみ。
 空から照らす太陽の日差しも、ツナの髪を揺らし、こずえを揺らし、芝生の海を駆け抜ける風の感触も、
木々のざわめきも、五感で感じる全ての感触に、ありえないほどのリアリティを感じる。
 これは本当に夢だろうかと疑いたくなるほどに。

「……で、どうするんだよ……」

 とりあえず、ここは多分夢の中だろうという見当はついた。では、その後はどうするのか。

「きっと夢だろうから、目が覚めれば戻れるはずだよね」

 誰に言うでもなくつぶやき、ツナは歩き出した。迷子ではないのだから同じところでじっとしていてもしかたがない。
 時期的には初夏だろうか。吹き抜ける風が心地よい。
 少しばかり歩き、ツナはそれに気がついた。少しばかり離れた木の根元、そこに誰かが座り、幹にもたれかかっている。

「誰だろう?」

 眼をこらしたツナは、直後に瞠目した。
 藍色に近い色の髪に、特徴的な髪型。
 片膝を立て、立てた膝に腕を置き、俯き加減に幹に寄りかかっている人物――それは紛れもなく、六道骸だった。

「むく、ろっ……!!」

 声をあげ、ツナは骸へと向かって駆け出す。

「骸、むくろ……っ!!」

 距離的には聞こえているはずなのに、骸は全く反応しない。それどころか、身じろぎさえしない。ツナの脳裏に一瞬、最悪の事態が浮かぶ。
 本当に一瞬の間よぎったその最悪の予想を、ツナは頭を振ることで打ち消す。
 そんなはずはない。きっと性質の悪い悪戯で、うろたえるツナを見て骸はクフフと笑うのだ。
 全く、君は相変わらず面白い人間ですねぇ、と。
 直後、ツナは走りながら頭を振るという彼にしては器用すぎる行為のせいで、こけた。

「う、わぁ!?」

 超死ぬ気モード時の修行によって幾分身体能力は向上しているとはいえ、受け身さえ取ることができず、芝生に盛大に突っ込んだ。
 唯一助かったことと言えば、地面が芝生だったことだ。これがグラウンドやアスファルトだったら額と鼻の頭に擦り傷を作っていたに違いない。

「ててて……」

 それでもぶつけた額は痛みの自己主張を行う。頭だけを起こし、額を押さえたツナの視界が、急に暗くなった。

「何もないところで倒れるなんて、君は随分と器用な人間なんですね」

 頭上から降ってきた声は、今、自分が最も心配し、最も聞きたいと思っていた人の声だった。

「骸……」

 額を押さえたまま首を限界まで上げて名を呼べば、骸は相変わらず何を考えているのかよく分からない笑みを作った。

「ええ、僕は六道骸ですよ。だからさっさと……」

「本当に骸!?」

 起きたらどうです、という骸の言葉は、ツナの声に遮られた。骸は一瞬驚いたような表情になるが、すぐに微笑む。

「本当ですよボンゴレ」

 言って骸はしゃがみこみ、ツナに向かって手を差し出した。さも当然と言わんばかりの骸の行為に、ツナは躊躇うことなくその手を取る。
 骸は手を引いてツナを引っ張り起こし、その正面に腰を下ろした。

「それで何用です? ボンゴレ」

 骸のその言葉に、いまだ自己主張を続ける額を押さえていたツナは、はっとした表情になった。

「どうしました?」

 不審げに眉をひそめた骸の胴に、ツナは躊躇うことなく飛びついた。突然の行動にさすがの骸も反応できず、バランスを崩し両手を後ろにつく。
 自分の胴体に抱きついているツナの頭を見下ろす骸の耳が、小さな声を拾った。

「……で、よ……た」

「はい?」

 上手く聞き取れず問い返した骸の耳に、次ははっきりとした声が届く。

「無事で、よかった」

 はっきりと聞こえたにもかかわらず、骸は自身の耳を疑った。
 ――無事でよかった、それはまるで僕のことを心配していたようではありませんか。
 自分でも知らぬうちに呆然とした表情になっていた骸の耳に、更に言葉が届く。

「心配してたんだ。復讐者(ヴィンディチェ)に捕まったときも、脱走して、再捕縛された、って聞いた時も」

 ――心配? 違う、これは同情。優しい少年の優しい同情。
 自分のことを想ってではない、自分の境遇に同情した彼の、その性質ゆえの言葉。
 骸の胸に顔を埋めているツナからは骸の表情は見えない。同様に、骸からもツナの表情は窺い知れない。
 ただ、そんな骸の内心を知ってか知らずか、ツナは言葉を続ける。

「今日の霧戦で、お前の姿を見たとき、俺、すっげー安心したんだ。よかった、本当にちゃんと生きてる、って」

 止めてくれ、と骸は内心で呟いた。そんな言葉を聞いてしまっては、自分が彼に大切に想われていると勘違いしてしまいたくなる。
 自分は彼の――沢田綱吉の傍にいてもいいのだと、勘違いしてしまいたくなる。
 クローム髑髏を媒体としている六道骸ではなく、ただの六道骸として。
 そんな内心の声がツナに聞こえるはずもなく、ツナは更に続ける。

「けど、お前、霧戦終わった後、疲れた、って言ってたよな。それで消えて、クロームに戻って、そのクロームは倒れて……。
 俺、それでまた心配した。『少々疲れました』って言ったときのお前の顔、絶対少々じゃなかったもん」

 ――止めてくださいボンゴレ、そんなことを言われては、僕は本当に――。

「だから俺、夢とはいえ、お前の無事な姿を見ることが出来て、すげー嬉しい」

 その言葉を聞いた瞬間、骸は自分に抱きついたままのツナの身体を、しっかりと抱きしめ返していた。

「骸……?」

 唐突な骸の行動に、ツナは驚きながらも首をかしげる。

「止めてくださいボンゴレ、そうでないと、僕は、あなたの仲間として想われていると、勘違いしてしまいたくなる――」

 辛そうな骸の声に、ツナは何言ってるんだよ、と返していた。
 両手で骸の肩を押し、密着していた身体を離すと、ツナはまっすぐに骸のオッドアイの目を見つめた。

「そりゃあ確かに、お前が獄寺君たちにしたことはひどいことだった。そのことについては、俺はお前を許すつもりなんてないよ」

 はっきりと言い切ったツナは、けど、と続ける。

「お前は、霧のハーフリングを受け取って、霧の守護者になった。――だったら、仲間だろ」

 疑問系の言葉をはっきりと言い切ったツナを、骸は呆然と見つめた。その口元に自然と、笑みが湧き上がってくる。

「ク、クフフ……フフ……クハ、クハハハハ!」

「な、何だよ!」

 突然哄笑しだした骸を前に、ツナが思わずひく。
 右の顔半分を覆って一通り哄笑し終えた骸は、再びいきなりツナの身体を抱きしめた。
 その耳元で、そっと囁く。

「わかりました、ボンゴレ。僕はあなたの信頼に応えられるよう、努力をしますよ」

「え……?」

「僕の全ての忠誠は、あなたに」



 そうしてツナは、直後に囁かれたもう一つの言葉に、顔を真っ赤に染めた。



あれ、骸のツッ君撫で撫でイベントが入ってない……?
何か色々と、ダメっぽい。