それは夢での逢瀬を数度重ねた後だった。


 骸は幻覚を扱う霧の守護者。幻覚というのは精神に作用するものであり、精神によって生み出されるもの。
 後天的に与えられた特殊な能力もあってか特に精神的なものに敏感な骸は、ツナの様子が変なことに気づいた。

「何かありましたか、ボンゴレ?」

 いつもどおりツナが寝入ったのを見計らって、骸はツナの夢へと侵入した。
 骸に気づいたツナは相変わらず変わらない笑みを浮かべて近寄ってきたのだが、いつもは屈託のないその笑顔が、
今日はどこか無理をしているように骸の目には映った。
 ――まるで、骸の前では笑わなければいけない、とでも言いたげに。
 それがひどく気になり――自分にだったら明かしてくれるだろうという思いがあったのも事実だが――
普段ではありえない心配をした骸の言葉に対し、ツナは、やっぱりどこか無理をしているような笑みを浮かべ、何でもないよ、と答えた。
 普段ならあっさりと受け流せるはずのその反応はなぜか、ひどく骸の気に障り、骸は表情を消した。

「む、骸……?」

 ツナの怯えたような驚いたような表情は、目にした骸の胸を小さく刺した。しかし口はそんな内心とは裏腹に言葉を紡ぐ。

「やはり僕を信頼してはもらえませんか、ボンゴレ」


「え……」

 声は骸自身が驚くくらい冷たかった。当然、目の前にいるツナの表情からは驚きが消え、怯えの色だけになる。
 それを目にして骸の胸は一層ひどい痛みを感じざわめくが、口は思いとは裏腹の言葉を次々と紡ぎ続けた。

「クフフ、まあ当然でしょうね。あなたの仲間をあんな目に遭わせた僕を信頼できない、当然の反応です」

 ツナのまなじりにじわりと涙が溜まった。それに気づきながらも、骸は、決定的な一言を言い放った。

「もう、これっきりにしましょう。信頼していない人間と一緒にいることほど、きついことはない」

 それを口にし終えた瞬間、ツナの頬を溢れた涙が伝った。それを目にし、骸は猛烈な後悔の念に襲われるが、もう遅い。
 一度口に出した言葉は、二度と戻らない。
 これほど滑稽な幕切れもないだろう、と内心で自分を嘲笑い、骸はツナに背を向けた。
 そのまま立ち去ろうとしたとき、小さな、ごく僅かな抵抗に骸は気づいた。
 進もうとした歩みを一旦止め、そっと骸が首だけ振り返れば、俯いたツナが骸のシャツの裾を小さく握っていた。

「……ボンゴレ?」

 口にするはずのなかった名前が無意識のうちに飛び出し、骸は咄嗟に口もとを押さえた。
 それが聞こえたツナはその呼びかけを叱責と取ったのだろう、慌てて服の裾から手を離した。
 そしてまだ涙の伝う顔を必死になって歪めないようにして笑みを作る。
 先程と同じ、無理をして作った笑み。

「ご、め……んな、むく、ろ。おれ、おまえが、迷惑だって思ってることに、気づかないで、我がままにつきあわせて」

 涙で濡れた声で謝られ、骸は身体ごとツナに向き合うと、自分よりも大分小さなその身体を抱きしめた。

「むくろ……」


「迷惑だなんて、とんでもない」

 ひどいことを言ったのは自分。悪いのは、ツナが、周りに極力心配をかけまいとするということをすっかり失念していた、自分。

「……すみません、ボンゴレ。僕は僕自身のわがままで、あなたを傷つけてしまった」


「む、くろ……」

 より強く抱きしめられ、ツナは小さな声で骸の名を呼ぶ。
 その声に骸は身体をそっと離すと、しっかりとツナの目を見据えた。

「無理に笑わずとも結構ですよ、ボンゴレ。何かあったのでしょう? 僕でよければ力になりますから……話していただけませんか?」

 思いは口にしなければ通じない。骸が、心配しているのだと言葉にすれば、ツナはしばらく逡巡した後、小さな小さな声で言った。

「……おれ、お前に何もしてやれない……」

 ツナの言葉の意味が分からず、骸は訝しげな表情になった。

「骸は、守護者になって、不本意とはいえ俺のために無茶までしてくれて、こうして俺のわがままに付き合ってくれているのに。
俺は骸のために何もしてやれない。暗いあの水牢から、助け出してやることすら、できない……」

 ツナの目に再び涙の膜が張った。ぎりぎりの表面張力で揺れる瞳を、骸は見返す。
 ――どうして彼はここまで優しくできるのだろう。一度は自分の命を狙ってきた人間なのに。

「だから、俺……」


「何もできない? ……とんでもない」

 骸はツナの言葉を遮った。そのまま膝を曲げ、自分よりも小さいツナと、視線を合わせる。

「あなたは毎夜僕をあなたの夢へと招き入れてくれる。そうしてあなたは僕と会話をし、僕に笑顔を見せてくれる。
それにあなたは、僕を霧の守護者に選んでくれた」

 ツナの頬に、骸の手が添う。

「不本意? とんでもない、僕は嬉しかったですよ。あなたに選んでもらえて。あなたは十分すぎるほど、僕にしてくれているんですよ」

 ツナの頬を伝う直前の涙を、骸は親指で拭う。

「だから、泣かないで下さい、思いつめないで下さい、ボンゴレ……綱吉君。僕は君が笑っていてくれれば、それだけで、十分ですから」

 そうして再び抱きしめ、骸はそっと耳元で囁いた。

「愛していますよ、綱吉君。……世界の全ての何よりも」





……告っちゃった……。
おかしいな、最初は勘違いと骸がツナに救われたっつー話だったのに。
そもそも時間軸がおかしい。